明時代末、17世紀の景徳鎮民窯でつくられた青花の水注です。どこか西方の金属器を思わせる胴部を豊かに膨らませたようなエキゾチックな器形と蛇を象ったユーモラスな注口が目を惹きます。磁胎は白く透明感があり、頸部にチューリップのような花卉文、胴部には人物文が描かれ、その足元の地面にV字形をした草が配されています。またそれぞれの意匠もバランスよく配されています。
こうした本作の特徴は、中国陶磁に関する著書を多く記したR. L. Hobson(1872〜1941年)がトランジショナル様式(過渡期様式)の特徴としてあげた点と合致しています。さらに、頸部に見られるチューリップ文はヨーロッパに起源がある意匠であるとも述べています。トランジショナル様式とは、明時代末から清時代にかけてヨーロッパ向けにつくられた青花作品の呼称で、特に土坡にV字の草が描かれたものは崇禎年間(1628〜1644年)の作と言われています。この頃、景徳鎮では官窯が衰退する一方で、民窯の生産が質量ともに向上し上質な白磁、青花を多く生み出していた時期です。
トランジショナル様式としてよく知られている作品として、徳川美術館所蔵の柑子口瓶一対があります。徳川家康(1543〜1616年)愛用の品と箱貼紙に記されていることから、萬暦年間後半に誕生したと云われるトランジショナル様式初期の頃の作であるかと考えられている品です。本作はその柑子口瓶と、磁胎や呉須の発色、描かれる意匠などに類似点が認められます。